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テレカ ++++++++ 思い出し

2006/06/02 23:12

昔テレカ収集をしていた。
実を言えば、そんなに興味があったわけではないのだが。
まだテレカ時代の黎明期、父親がどこぞで貰ってきたテレカを見て珍しさで喜んだのがきっかけで、事あるごとに父は私にテレカを与えてくれた。
貰ってくるたびに私が喜ぶと思って渡してくれるので、私は実はそんなに興味がないということを言い出せなくなってしまっていた。

そんなわけで気が付くと、私の手元には異常なほどテレカが集まっていたのである。

それが大量に部屋から出てきたので、とりあえず名刺ファイルに収めてみる。
一冊にしてあらためて見ると、旅行、懸賞など全体の10分の1は私自身が手に入れたものであった。
どうも私が思っていたよりも、私はテレカがちゃんと好きだったようだ。

それにしても自分でも驚くぐらいマニアなコレクション。
その最たるものがこれである。

1.jpg

某温泉町のPRテレカなのだが、なぜかこのデザインが気に入ったようで翌年、同じ写真を使って以下のようなマイナーチェンジを行った。

2.jpg

さらにこのデザインを5年保たせて、そろそろ写真を新しくしようかと作られたのが以下である。

3.jpg

……女が変わってもテーマが変わってねえ!!
と、まあ、こんなマニアックな収集をしていた。
ついでに私はこの某温泉町とは関わりがない部外者である。

さらに変り種のマニアテレカを。

4.jpg

高校の時に使ってた英語の辞書に挟まっていたアンケートハガキをなんとなく送ったら届いたものである。
デザインが辞書の表紙そのまんまだというツッコミの前に、こんなハガキ出す人が他にいるのか気になってしまう……

そして私的にマニア垂涎のお宝テレカはこれだ!

5.jpg

レモン文庫お嬢さまシリーズテレカである。
帯のレモンちゃんマークを送らなければ、そして当選しなければ貰えないやつだ。
それを二枚所有してるというところがテレカマニアっぽいというか。
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クラスで一番変わった女 ++++++++ 思い出し

2006/05/08 23:32

「お嬢様と私」二巻を読む。
実を言うと、この巻にはいろいろと思い入れもあった。
それがこのコマである。

ma.jpg

「クラスで一番変わっていて敬遠されている女子」。
これは……私のポジションであった。

けして汚くしているわけでもバカでもないのだが、なんとなく噂になりたくないタイプの女子ということなんだろう。
それを効果にして、他人への嫌がらせのために使われる名前。
そんな嫌がらせを受けた男子もかわいそうだけど、その拒否反応が正直何の関係もない私を悲しい気持ちにさせてくれたのを誰が知るだろう。

結局その後「本当は好きだった」とか言われても(キモイ、滅びろ!)としか思えないわけで。
人を知らず知らず傷つけている無神経なやつらへの恨みは募るばかりであった。

「クラスで一番変わった女子(噂になりたくないタイプ)」は私の周囲に結構いると思われるのだが、よく考えるとすごい確立だと思う。
40人クラスとして女子半数のうち一人の割合でいるとしたら…20分の1か。
でもクラスに必ずいるわけでもないしなあ……
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写真の整理をしている ++++++++ 思い出し

2006/05/04 23:55

みかん箱2つ分、写真がある。
主に頂き物ばかりだけど、まあ、いろいろな写真だ。
こうやって見ると、あまり学生時代の写真や家族写真がないのがちょっと寂しい。

懐かしかったのは、今も参加しているマリみて某オフ会の一番最初に参加したときの写真。
みんなが満遍なく若くて面白かった。

とりあえず、ひととおり眺めて思ったのは。
昔の私は独特の雰囲気があって、神秘的じゃったのう……ということだ。
向ヶ丘遊園最後の月にお花見した写真とか見ているとね。
木原敏江の漫画のようだった。
つまり鬼っぽい。日本の。

こういう過去の記録を写してくださった皆様には、今でも感謝してる。
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泣き係 ++++++++ 思い出し

2006/04/13 23:06

この間、教育実習中学校編を書いたら「小学校はどうだったの?」という意見をもらったので思い出してみた。
大学三年の秋に二週間。
大学四年の春に三週間。
それぞれ秋に高学年を受け持った者は春に低学年を、低学年を受け持ったものは高学年を、というようにあてがわれるのであるが、私はなぜかどちらも小学校二年生に回されてしまった。
個人的には思春期まっさかりの気難しい(なので実習生たちは嫌がる)高学年で楽をしたかったのだが、何ゆえ体力勝負の低学年に…と岡田はどちらのときもがっくりとうなだれていた。
想像してみたらこれほどビジョンがはっきりするものもない。
「おかだせんせ~」と無数のちっちゃい子供たちがよだれでべたべたの手で私の足に群がり、私の進行を邪魔するという恐怖を静かに妄想しつつ、私は実習に参加していた。

さて、私にとってはじめての小学校実習。
この実習では同じクラスに6人の実習生が配属されることになっていた。
しかも微妙にやる気のない実習生ばかり……(人のこと言えた義理じゃないが)
学年代表授業とか、授業案とか、目まぐるしくて。グループ草案もほとんど私ひとりでやっていた気がする。
何をするにしても他の5人は一歩ひいたところから遠巻きにしていて、実習最終日の打ち上げもあったらしいけれど、私だけ知らされないままだったことを思うと、実習生仲間から相当嫌われていたんだなあ…と思う出来事だった。
でも、そうやって平気で仲間をハブにできる人が教師になろうとしているのはちょっと怖い。

だから春の小学校実習も私はちょっぴりナーバスだった。
頑張らなくてもいいはずなのに頑張りすぎて、また他の実習生に嫌われちゃうんだ、自分。とやる前から落ち込んでいた。
しかし。メンバーがそっくり変わった二度目の小学校実習は腐った私を開眼させてくれるものだったのだ。

同じクラスに配属された実習生4人。
その中の一人が天使のようなお嬢さんだったのである。

配属2日目、7時ころまでグループ草案を練っていた日、帰る段になって私だけ準備で残ることになった。
というのは言い訳で、私としては嫌われてる(と思い込んでる)のにみんなで駅まで一緒に帰るのは気まずいなあ~と、気を回しただけに過ぎなかった。
三人が帰って静まり返った教室、私がワープロを打ち込んでいると、突然戸があいて「良かった、まだいたー!」という声がかかった。
「駅でみんなでご飯でも食べようってことになって、でも岡田さんも一緒のほうがいいと思って引き返してきちゃった」
にこにこ笑う実習生の後ろには、苦笑いの二人が見える。
なるほど、おそらく後ろの二人が「別に三人でもいいじゃん」と言ったにも関わらず、一人が無邪気に引き返してきたのだろう。私でも絶対「別に三人でもいいじゃん」て言うに決まってる。
負けた……この世にはすごい人がいるもんだ……と、その日から完全降伏の思いだった。

そんな三週間の実習は、就職活動の合間の忙しさにも関わらずとても有意義なものになった。
対小学二年生ということでお馬さんごっこや高い高いなどの体力勝負は男子実習生に任せ、おしゃまな女の子の相手も天使さんに預け、私はもっぱら気難しい子相手をしていた。
特に泣き出す子供が出てくると(岡田さん!)という他の実習生のアイコンタクトで、(任せろ!)と私が出動する連携が出来上がっていた。

小学校二年生ぐらいの子をなだめるのは、気持ちさえ分かればたやすい。
もともと何で泣いているのか子供自身もよく分かってないのだから、理由なんか聞いても無駄だ。
集団から隠れるところに座って「まあ、涙は止めろっても止められないもんな。泣きたいときはしょうがないから泣きなさい。先生は隣にいるから」と泣かせておく。
治まってきたら「泣いてるとみんなから弱えーって思われて損だから、顔を洗おう」と洗わせて、ハンカチを差し出す。
目の赤みが引いたら「そろそろ戻ろう」と聞いてぽんと背中を押してあげる。
だから私のハンカチはいつも小学生の鼻水でぐしゃぐしゃだった。

そんな感じで実習生同士役割分担もできていたため、実習は非常に楽をさせてもらった。
そして結局秋にもやった二年生の学年代表授業を春も私がやることになった。
しかもなぜか体育の授業である。
授業の感触も流れは悪くなかったのだが、最後の最後に目的まで達成できないところで無情にも終業の鐘は鳴った。
反省会で他クラスの実習生から突つかれてシオシオになっていた私を、論理だてて援護してくれた天使さん他二名のことを思い出すと今も胸が熱くなる。
彼女みたいな人間が教師をやるべきだ、と心から思ったが、残念なことに天使嬢は教職には就かなかったようである。

本当なら小学校の実習ということで、児童たちとの学校生活を書くべきだったかもしれないが、まー、私にとっては一番の衝撃は天使の存在だったので、それを書いてしまった。
また機会があったら三週間の児童たちとの学校生活、授業の様子でも思い出してみようかな。
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学生服は ++++++++ 思い出し

2006/04/11 23:11

私が生まれた某県は、周囲を囲む県からなぜかハブられていた。
テレビ局だって某県だけが一県かぎりのローカル展開で孤立している。
そんな某県には、隔離されたからこその独立文化があった。

ときどきふと、あの悲しくも美しいメロディが頭をよぎる。

俺たちにゃ、明日がある
俺たちにゃ、夢がある
俺たちにゃ、掟がある
学生服はヤマダ、ヤマダ

子供のころから変わらぬあのCM。
某県出身者か電気グルーヴファンにしか分からない秘密の合言葉。
県庁前の通りにひっそりと存在するその学生服専門店はまごうことなき某県の独立文化だと思った。

さて、私的にもうひとつ「某県独立」の銘を掲げたいCMがあった。
「スマル亭」である。

ス・ス・ス、ス・ス! ス・ス・スマル亭!(野太い男声でエンドレス)
女「みなさ~ん、スマル亭の、お蕎麦ですよ~」

文字で書くとイマイチ薄いが、なんというか、すごいインパクトなのだ。
というかシュール。はてしなくシュール。
某県海岸沿いを車で走らせ赤い丸のなかの「ス」を見かけるたびに思わず
「ス・ス・ス、ス・ス! ス・ス・スマル亭!」と野太い声で叫んでしまう。

そういえばこの間、O嬢といちご狩りに行ったときも赤い丸に「ス」の字を見てやっぱり二人で歌ってしまった。
某県はやはりすばらしいと思った。
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